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論壇「自伐型林業」

■潮目が変わりはじめた(中嶋健造/NPO法人土佐の森・救援隊理事長)

d0333343_20501569.jpg 最近、自伐型林業の取り組みが進展するにつれて、マスコミや学者・研究者や林業周辺部の反応や姿勢に変化が見えてきました。

 マスコミが最も顕著な感じがします。以前は「土佐の森」を取材する際に、「森林ボランティア活動としては報道するが、自伐林業は勘弁してくれ」というものです。どの新聞やテレビも同じでしたね。「土佐の森」の根幹は自伐型林業であるので、そこへ行く過程として森林ボランティアやアルバイト的な小規模林業があるのだと言っても相手にしてもらえず歯がゆい思いをしたものです。NHK全国放送に取り上げられた時も取材時には自伐林業も大いに取材してくれたのですが、放映を見るとすべてカットされたこともありました。ある雑誌では林野庁政策と違うことを強調するなら載せないと言われたこともありました。これはやはり取材する側が自伐林業を軽視し、行政も相手にしていない故取り上げる必要もない、という感覚だったと感じられます。

 それがここへ来て急速に変化してきています。ほぼすべての新聞やテレビ、雑誌も森林ボランティアとして取材されることはほぼなくなり、自伐型林業として正面から取材していただけるようになりました。昨日も大手新聞の取材を受け、この方は民主党政権時代の施業委託型大規模林業一辺倒の森林・林業再生プランを大いに評価して、日吉町の森林組合を取材し、全国版の1面全部を使って、これからの林業はこれしかないと絶賛記事を書いた経験のある林業に詳しいベテラン記者でした。今回その掲載記事を持参してくれていました。彼もあちこちで自伐型林業の情報が入るようになり、それを調べるうちに、自分が持っていた林業の方向性に疑問が出てきたようで、今回それを確認する取材だったようです。記事になる云々ではなく対談という感じで、時間は何と4時間にもなり、喫茶店閉店時間となり追い出されて終了しました。なかなか楽しい対談でした。

 彼に限らず、委託型の大規模施業を支持してきた人たちが、自伐型林業の良さに共感し始めている状況が起こってきている感じです。学者の方々の中でもそんな感じです。全国各地の市町村や高知県も政策化し始めました。大きなうねりになる前兆のような感じがします。
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[ひとくちメモ]

■予定調和

 これまでの(今だ、現在の)「林野庁政策」は予定調和論に基づくものです。「予定調和」という言葉は、元来は林業とは全く関係のない哲学用語ですが、戦後の林野庁政策の基本理念に据えられてからは、林業関係者の間では「林業用語」と思われるくらいの言葉になりました。

 自伐型林業は、これまでの予定調和論型林業から決別する考え方です。「自伐」とは、自らの森林を、(国策の予定調和論によらない)自らの考え方で、自らが伐採(経営)することです。

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[論点]

 いまだに、50年サイクルの施業体系で森づくりを行う「予定調和論型林業」の道を突き進む林野庁の「平成26年度森林・林業白書」に、日本唯一にして日本一の森林ジャーナリストとして知られる田中淳夫氏が疑問を投げかけています。

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■何かヘン。森林・林業白書が皆伐を推進する理由
          (「田中淳夫ブログ」より)

d0333343_20433110.jpg 6月初頭に公表された「平成26年度森林・林業白書」に目を通した。

 何か違和感がつきまとう。何に引っかかるのか考えたのだが、やはり全体に色濃く匂うのが木材産業の振興であり、相変わらず「木材(できれば国産材)をもっと使え」一辺倒であることだろう。

 ここ数年の白書は、毎年この連続だ。「木づかい運動」を展開して、木を使うことこそが日本の森林を守る、と繰り返している。その理由に、戦後植林した木が、今伐期を迎えている、人工林は適切な管理が必要で、そのためには木を伐っては植えるという循環が必要、また木をつかうことは炭素固定につながり地球温暖化対策にもなる……こうした論理ばかりだ。

 そして森林資源の「若返り」とか「齢級構成の均衡がとれた森林資源の造成」といった言葉が登場して来る。難しい言葉を使っているが、ようは人工林の高齢化していて若木が少ないから、伐期が来た木を伐って、その跡地にまた植林しよう、という意味だ。

 なんと、全国で今後50年間に約300万haを皆伐する計画なんだそう。日本の人工林面積は約1000万haだから、3割を丸刈りして植え直そうというわけだ。

 私には、皆伐を大々的に行う「決意表明」のように読み取れた。 ここで個別の疑問に関するツッコミは抑えておく。

 ただ気になったのは、伐期とは何年なのか、という点だ。伐期が来たから伐る、と繰り返しているからだ。

 そこで市町村の森林整備計画で定める「標準伐期齢」が何年なのか調べた。すると、ほとんどはスギが35年~40年、ヒノキは40年~50年、マツは30年……。どうやら樹齢50年以上の木は伐れということになる。

 50年生が高齢? 伐採すべき樹齢?

 しかし、この恐ろしく短い伐期は、戦後の高度経済成長期の木材が不足していた時代に、早く使うために設定されたものだろう。

 スギやヒノキの生物的な寿命は、数百年ある。屋久杉のように1000年以上というのは特別な例だとしても、50年なんて、樹木にとって若造だろう。高齢林というには150年はほしい。

 また樹木の年齢だけではなく森林生態系の維持の面からしても、それくらいの大木がないと多様な生物相は維持できない。

 ようするに過去の非常時に伐期を短く設定したままだから、山には伐るべき木があふれていることになり、早く伐って「若返り」を図らなくてはいけないとしているのではないのか。

 それで思い出した。

 日本の水産資源の保護策である。最近はマグロやウナギ、さらにサンマなども、資源枯渇が心配されている。そこで漁獲規制を設けるのだが、その規制枠がまるでおかしいのである。 たとえばニホンウナギの稚魚は、日本は21.6トンまでしか獲りません、としている。しかし、そもそも規制する前の漁獲高が、2013年は5.2トンなのである。(豊漁だったとする翌年も18トン程度)。つまり頑張っても獲れそうにない規制枠を設けて、「規制は守りました」と言っているわけだ。

 林業も同じことをやっているのではないか?

 伐期を短くして木が余っていると訴えて、「適正にするため」皆伐を推進する……。

 伐った木の使い道を確保するために木材産業の振興か? バイオマス発電で燃やせ、か?

 いや、木材産業を振興するためやバイオマス発電を行うために、皆伐を推進するのか。
 それでいいのか?

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[参考①]

■予定調和? (南 寿吉/2015.2.1「暮らしの情報364号」より)

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[参考②]

■土佐の森方式 (家中 茂/「林業新時代」より)
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by npo-tosanomori | 2015-02-02 20:55