資料 自伐林業②

シンポジウム  自伐・小規模林業の意義と可能性

[記録/私的感想]

◆シンポジウムを聴いて

     泉 英二(愛媛大学名誉教授)

d0333343_16145947.jpg 今回のシンポジウムには記録役を任され出席した。報告者の方々は発表時間が限られていたため意を尽くせなかった面もあったと思われるが、配付資料がたいへん充実していたので、こちらも併せれば趣旨は十分に伝わったと思われる。

 また、討論は白熱したやりとりが続き、いくつかの重要な論点が提示された。以下、今回のシンポジウムを聴いた私的な感想を述べてみる。


1、中嶋健造氏らの自伐林業論と研究者の見解

 中嶋氏らの主張はきわめて明快である。まず、日本の林業を、「施業委託型」と「自伐林業型」に区分し、国が積極的に推進している「施業委託型」については、①高投資・高コストである、②地域雇用力が低い、③皆伐を含む荒い施業が必然となり、山を荒らす、④連年収入が得られない、⑤前提となる集約化が困難である、といった問題点を挙げ、国の方向は根本的に誤っているとする。

 他方で、「自伐林業型」は、①低投資・低コストである、②地域雇用力は一〇倍以上、③間伐中心の長伐期で、環境保全的にも良い、④連年収入が得られる、⑤農業との兼業も容易である、⑥林業技術が小規模なので新規参入が容易である、⑦木質バイオマスエネルギー利用にも適合的、といったことで、林業的にもまた山村社会を持続させるためにも優れた方法であると主張した。さらに、「自伐林業」のやり方は、これまでの「家族経営型」だけでなく、「集落営林型」(集落の山林をまとめ、集落で経営)や、「大規模山林分散型」(大山林所有者(個人、企業、自治体、国)の山林を自伐林業ができる単位に分散化して経営)、などを開発中とのことである。

 このような中嶋氏らの主張に対して、佐藤宣子氏は、2005年及び2010年の世界農林業センサスの組換え集計に基づいて、自伐林家が素材生産シェアの二割弱を占めており、しかもそれがこの五年間で大幅に増加していることを明らかにした。これは中嶋論を大いに補強するものと評価できる。松本美香氏は自伐林家の活動実態を明らかにすべく、原木市場調査、林家聞き取り調査等を実施したが、明確な展望を描けるデータは得られなかったとする。

2、討論

 討論では、自伐林業の動き自体を否定する意見は出なかった。しかしいくつかの疑問・意見が表明された。①自伐林業を析出する基盤は崩壊したのではないか。山村はそこまで弱っている。②自伐林業方式で、地域や日本の森林全てを管理することは不可能ではないか。森林組合や第三セクター等の役割はそれなりにあるのではないか。③自伐林業では利益が出るというが、それは自分の身体を切り刻んで得た労賃部分にすぎないのではないのか。自伐でも請負でも林業が成立する価格水準を実現することが根本問題ではないのか。

 討論で出された論点はいずれもそれぞれに重要であり、今後さらに議論を重ねる必要がある。

3、私の感想

 中嶋氏らは自伐林業論を通じて、①森林・人間関係論、②森林施業論、③林業技術論、④林業経営論、⑤普及論、⑥地域論、⑦森林・林業政策論、などにまたがる多面的な問題提起を行っている。氏らの林業をめぐる在り方の主張は、きわめて包括的であり、全面的といえる。私は二年前に国の「森林・林業再生プラン」について詳しく検討した際、この政策にもっとも明確に反対論を提起したのが中嶋氏の自伐林業論だと評価したことがある(「山林」平成24年10月号)。

①自伐林業論の射程距離

 ところで、中嶋氏らが提唱する自伐林業論の射程距離はどの程度と評価すべきであろうか。「森林・林業再生プラン」への批判というレベルにとどまるのだろうか。決してそうではない、というのが私の見解である。

 折しも今年は林業基本法が制定されて50周年である。林業界をあげて基本法林政(特にその構造政策)の評価をめぐる議論が行われると予想されるが、その際、この自伐林業論の問題提起は避けて通れないものになると私は考えている。

 1959年に設置された国の「農林漁業基本問題調査会」は、予想される第二次産業を中心とする経済発展に第一次産業はどう対応すべきかを議論した。農業については、生産政策(選択的拡大)、構造政策(自立経営農家の育成)といった目新しい政策を打ち出し、それが61年の農業基本法に結実した。

 他方で、林業関係の答申では、構造政策において、当時、林業生産活動が活発だった「家族経営的林業(=農家林業)」を担い手に措定したため、大きな議論を呼んだ。「家族経営的林業」の考え方は農業における「自立経営農家」の育成政策と表裏一体の考え方ともいうことができるが、この構造政策は、①伝統的林学の考え方では、「林業とは大面積所有者が行うもの」との固定観念があり、それを答申が「資産保持的」として否定したこと、②これまで独立していた、農政と林政が担い手政策で強い連携を持つことになること、といった特徴を持っていた。大山林所有者や全林野だけでなく、おそらく林野技術官僚もこのような方向を認めることはできなかったのではないか。その結果、農業のように直ちに基本法制定に至らず、成立は64年までずれ込むことになる。このタイムラグが構造政策にとってきわめて大きな影響を与えたと私は思って
いる。

 具体的には、62年に林野庁森林組合課が創設した「林業協業促進対策事業」が大きな転機となる。この事業は、当時不活発組合が多かった森林組合に新たな役割を担わせようとしたものである。その考え方は、①今後の林業は、生産性を上げるために機械化され、しかも社会保障も完備した通年雇用の労働者により担われるべきである、②例えば、4haの所有者が七人いる場合(合計約30ha)、所有林は森林組合に施業委託させることにする、③約30haは機械化されれば二人で管理できるので、その二人は森林組合に所属する専業的林業労働者になってほしい(他の五人は林業から離れてもらってよいとの含意がある)、④そのために、森林組合に対して国はチェーンソーや集材機といった機械装備を補助しよう、というものであった。これは、森林組合を林業請負事業体に育成しようというもので、基本問題答申の「家族経営的林業」を担い手にしようという方向の全面否定といってもよいものである。

 その後、国有林解放運動への対処もあってようやく64年に成立した「林業基本法」では、構造政策としては、「家族経営的林業」、「森林組合」、「大山林所有者」を並列し、特定の担い手を措定することを避けたと私は解釈している(学会的には「家族経営的林業」が担い手に措定されたと評価されている)。

 立法後展開された「林業構造改善事業」は、「基本法林政」の中核をなすものだが、第一次林構の内容をみると、林道約70%、森林組合約25%であり、家族経営的林業対策は微々たるものであった。具体的内容からすると、森林組合重視路線をとったとみてよい。

 68年に創設された「森林施業計画制度」は属人型であったが、74年には属地型の「団地共同森林施業計画制度」が増設され、その後、この方向が強く推進された。七五年以降推進された「地域林業政策」においてもその中心に森林組合が位置づけられた。

 以上みたように、日本の林政は70年代以降一貫して自営型の農家林業や大山林所有者を軽く扱い、森林組合への施業委託を推進して現在に至っているといえる。

 中嶋氏らの自伐林業論は、これまで国から軽視されてきた「家族経営的林業」や自営型の「大山林所有者」への再評価を強く要請するものであり、単に「森林・林業再生プラン」への根源的批判にとどまらず、50年に及ぶ国の「基本法林政」全体に対する根本的問題提起となっていると評価することができよう。

②今後の検討課題

 第一は、中嶋氏らが批判する「施業委託型」の問題点の検証である。前提となる施業集約化の実現可能性はどの程度か、高性能林業機械化のコストはどの程度か、施業の荒さはどうか、森林組合の体質の問題、等々多くの点で具体的検証が必要であろう。

 第二は、自伐林業の析出基盤の検証である。佐藤氏の分析結果はあるものの、センサス結果からすると農家林家はさらに弱まっていることは否定できないと思われる。この点のさらなる検証が必要とされている。

 第三は、そのことを前提とすると、自伐林業を再構築し、発展させる道筋をどのように設定できるのかが問題である。中嶋氏ら主張するように「少しの支援さえあれば直ぐに立ち上がる」のかどうか。山村側の析出基盤が弱体化しているとすると、新規参入者を増やすしかない。林野庁の「緑の雇用」や山村対策だけではまったく不十分である。農林水産省、総務省等も連携して、定年帰林(農)を含め、都市住民の一部を農山村へ積極的に戻す新たな総合的政策が必要とされており、そのなかに「自伐林業」が重要な「受け皿」として位置づけられることになれば、新たな展開が期待できる。一般的にいって国の動きは遅いので、農山村自治体の理解が当面のポイントだろう。

 第四は、山本氏の提起した林業が成り立つ適正な木材価格水準はどうあるべきか、についての議論である。この問題は議論しても無駄だということでこれまで聖域化されてきた感がある。現実には市場に振り回され、その落差の一部を補助金により補填され、その補助金に振り回されてきたのが日本の森林・林業である。日本の今後の長期的な森林管理とその担い手を考える上で、この木材価格問題に関する議論は避けて通れない最重要の課題のひとつであろう。

第五は、農業政策への目配りである。今後の農業政策は、「自営型」から「委託型」へ大きく転換しようとしているように思われる。このことについて、しっかりと認識しておく必要がある。

 第六は、森林に関わる人間とその組織はどうあるべきか、ということの原理的検討である。「所有」という概念の原義にまで立ち戻り、地球環境制約下において、人間は植物資源とどのように付き合っていくのか。その場合に、「自伐型」「自営型」が本来の在り方と主張できるのか、ということである。官僚組織による国有林管理の実績は、この議論にも大きな示唆を与えている。また、森林組合組織についても冷徹な議論が必要である。

 第七は、用語としての「自伐林業」、「自伐林家」である。「自伐」という用語はなかなか実感的ではあるが、やはり学術面からの整理が必要である。自伐は自営と言い換えることが可能と思われる。

 また、「自伐林家」は、「林業自営林家」といえるが、中嶋氏らの「自伐林業」概念ははるかに広いようだ。氏らは常に実践の中から概念を作りだしてきており、今後、「自伐林業」概念がどこまで拡張されるのかについて、大いに注目する必要がある。

 以上、中嶋氏らの巨大な問題提起は、後の討論で提出された論点などとともに、国や地方自治体の林政担当部局だけでなく、林政学・林業経済学の研究者もしっかりと受け止めて、きちんと議論をする義務があるように思う。 
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by npo-tosanomori | 2014-03-27 19:40


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